無形界の住人

2章 世界の構造 - 5節 無形界の住人

個々の記述の真実度: 999.3-1000
節全体の真実度: 1000
節全体の活動性: 1000

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住人の分類

  • (1000/1000) 無形界のあらゆる住人は、大霊を構成しており、分霊と精霊に大別されます
    • 無形界のあらゆる住人には、有形界で生活する分霊(人/脊椎動物)も含まれています
    • 分霊は、地上での生活の有無によって、天霊、地霊、の2者に分類され、更に、地霊は、成長の段階によって、動物霊、人霊、の2段階に区別されます
    • 精霊は、役割の違いから、天精、地精、の2者に分類されます
(1000/1000) 無形界の住人の分類
(1000/1000) 無形界の住人の分類

分霊

  • (1000/1000) 分霊とは、全体である大霊から分割された、個体としての意識を有する霊の総称です
    • ただし、大霊より分割された当初から個体とは限らず、全体から集合体を経て、個体へと分割される成長の道程に属している霊もあります
    • 分霊は、成長の道程の違いによって天霊と地霊に分けられ、更に、地霊は成長段階の違いによって動物霊と人霊へ分けられます
    • 成長の過程については、4章1節 分霊の成長を参照してください
  • (1000/1000) 分霊の分類は、天霊と地霊(人霊/動物霊)の2つのみであり、他の分類はありません
    • 惑星圏無形界で分霊の生活する界は、天霊界、人霊界、動物霊界、の3つの界のみで、惑星圏無形界を構成する他の界に分霊は生活していません
    • 天霊界/人霊界/動物霊界以外の、他の界では精霊が生活しています
  • (1000/1000) 分霊は、十全性を有する大霊から分割されますが、個体では、完全性にも満たない不完全な存在です
    • 個体の有する不完全性を、完全性/十全性へと近づけていくことが、分霊の成長を表しています
    • 完全性/十全性については、2章2節 大霊 #完全性/十全性の違いを参照してください
(1000/1000) 分霊の種別
(1000/1000) 分霊の種別

天霊

  • (1000/1000) 天霊とは、有形界へ降りて生活せずに、無形界での生活を通してのみ成長する、分霊の種別のひとつです
    • 大霊より分割された当初から個体であり、分割された時点で個体としての意識を有しています
  • (1000/1000) 天霊は、惑星圏無形界では、ひとつの相を構成する天霊界で生活しており、人霊と接触する機会はありません
    • 宇宙圏無形界では、人霊とともに生活します
    • 天霊は、惑星圏無形界の天霊界で4次元の下端の程度から徐々に成長し、4次元の上端の程度まで成長することで、5次元以上の範囲となる宇宙圏無形界へ生活する場を移行します
  • (1000/1000) 天霊は、有形界へ降りて有形体を有したことがないために、有形体の内包する物質の心から誘惑の影響を一切に受けていません
    • 地上で生活しないために、地上での生活の中で物質の心から誘惑の影響を受けて、不誠実な性質の表現を造化する習慣が、分霊の心の有する経験の機能特性に保存されません
    • 不誠実な性質の表現を造化する習慣を有していないことは、天霊が誠実な生き方のみをしており、不誠実な生き方はしない状況を示しています
    • 誘惑については、5章3節 誘惑を参照してください
  • (1000/1000) 同様に、天霊は、有形界へ降りて生活したことがないために、自身よりも高い/低い成長段階の天霊と同じ場で生活して、彼らとの比較を通して学ぶ機会がありません
    • 有形界では、様々な成長段階の者が同じ場で生活しているために、自身とは異なる成長段階の者との比較を通して学ぶ機会があります
    • 天霊は、自身の生活する天霊界の界層で、自身と同等の成長段階の者たちとの交流を通して学びます
    • 加えて、地上の生活で培[つちか]われる認識方法である有形的認識も有しておらず、天霊界では無形的認識のみを有しています
    • 宇宙圏無形界で生活するようになれば、有形的認識を有する人霊との交流を通して、有形的認識を学びます

動物霊

  • (1000/1000) 動物霊とは、有形界での生活を通してのみ成長する、分霊の種別のひとつです
    • 地上で生活する地霊の「はじめの段階」であり、大霊より分割された時点では個体を有しておらず、霊の集合体として存在しています
    • 動物霊は、個体の意識を有しておらず、集合体としての意識のみを有しています
    • 地上へ降りて脊椎動物として生活している期間のみ、一時的に、集合体から個体として分割され、個体の意識を有していますが、個体としての意識は希薄です
  • (1000/1000) 動物霊は、惑星圏無形界では、ひとつの相を構成する動物霊界で存在(待機)しており、動物の種族ごとの集合精神を形成しています
    • 動物霊は、動物霊界で集合精神として待機している期間は成長せず、地上で脊椎動物の個体として生活している期間のみ成長します
    • 動物霊は、動物霊界/地上でのみ待機/生活し、ある段階まで成長することによって、個体を有する人霊へと新生し、人霊界/地上で生活するようになるために、動物霊が宇宙圏無形界で生活する状況はありません
    • 動物霊の成長段階は4次元の下位の範囲にあり、4次元の下端の程度から徐々に成長し、4次元の下位の上端まで成長した時点で、人霊へと新生し、人霊の成長段階となる4次元の中位以上の範囲で成長していきます
    • 集合精神については、4章1節 分霊の成長 #集合精神を参照してください
  • (1000/1000) 動物霊は、地上での生活の中で、同じ種族の脊椎動物や、他の種族の脊椎動物、人との交流を通して学びます
    • ただし、動物霊は意識が希薄であり、自由意志も有していないために、自身の判断/選択に基づいて行動しているのではなく、自然界の有する運命の流れのままに行動しています
    • 動物霊の成長段階は、積極的に学びを得ようと活動している段階ではなく、消極的/受動的に学びを得ている段階です
    • 加えて、地上の生活で培[つちか]われる認識方法である有形的認識のみを有しています
    • 自由意志/運命については、4章6節 自由意志/運命を参照してください

人霊

  • (1000/1000) 人霊とは、無形界/有形界の両界での生活を通して成長する、分霊の種別のひとつです
    • 地上で生活する地霊の中で、動物霊の「次の段階」であり、個体の意識を有しています
  • (1000/1000) 人霊は、惑星圏無形界では、ひとつの相を構成する人霊界で生活しており、天霊と接触する機会はありません
    • 宇宙圏無形界では、天霊とともに生活します
    • 人霊の成長段階は4次元の中位以上の範囲にあり、惑星圏無形界の人霊界で4次元の中位の範囲での下端の程度から徐々に成長し、4次元の上端の程度まで成長することで、5次元以上の範囲となる宇宙圏無形界へ生活する場を移行します
  • (1000/1000) 人霊は、地上での生活の中で、有形体の内包する物質の心から誘惑の影響を受けます
    • 地上での生活の中で物質の心から誘惑の影響を受けて、不誠実な性質の表現を造化する習慣が、分霊の心の有する経験の機能特性に保存されています
    • 不誠実な性質の表現を造化する習慣は、地上の生活で不誠実な行為や不誠実な生き方を造り出す原因となるだけでなく、無形界の生活でも習慣を継続して有するために、人霊界でも不誠実な生き方を造り出し、不誠実な生き方をしている人霊が集まる地獄層を形成させる原因にもなっています
    • 不誠実な性質の表現を造化する習慣を有していることは、人霊には、誠実な行為をおこない誠実な生き方へ努める選択もできれば、一方で、不誠実な行為をおこない不誠実な生き方をする選択もできる状況を示しています
  • (1000/1000) 人霊は、地上での生活の中では、様々な成長段階の者が同じ場で生活しているために、自身とは異なる成長段階の者との比較を通して学ぶ機会があります
    • 人霊界では、自身の生活する界層で、自身と同等の成長段階の者たちとの交流を通して学びます
    • 加えて、地上の生活で培[つちか]われる認識方法である有形的認識と、無形的認識の両方を有しています

精霊

  • (1000/1000) 精霊とは、大霊の摂理が意識を有した存在の総称です
    • 分霊とは異なり、全体としての大霊から分割された存在ではありません
    • 全体としての大霊の摂理が、全体としての意識を有している存在です
    • 大霊の摂理については、2章2節 大霊 #摂理を参照してください
  • (1000/1000) 精霊には無数の種別があり、世界の中で様々な役割を担っています
    • このサイトでは、精霊を、分霊の活動と密接に関連する「生命の活動性の中継/変換」という役割の観点から分類しています
    • 精霊の無数の種別と、それぞれの種別の活動や担う役割は、人の地上での成長へ直接に関連する内容ではありませんので、このサイトでは記述していません
  • (1000/1000) 精霊は、十全性を有する大霊の摂理そのものでもあるために、成長しません
    • 大霊から分割された分霊のように不完全性を有していないために、不完全性を完全性/十全性へ向けて成長させていく必要がないのです
    • 精霊は、大霊から分割されていないために、分霊のような成長はありませんが、十全性を有したまま進化していきます
    • なお、分霊の成長と、精霊の進化との違いは、無形的な印象として把握できるものの、有形的な言語で表現することはできません
  • (1000/1000) 精霊は、分霊の有する生命の活動性を中継し、中継した生命を対象へ作用させる役割を担い、役割の分担によって、天霊と地精に分類されます
    • 天精は、無形界の中での生命の中継/作用を担います
    • 地精は、無形界から有形界、あるいは、有形界の中での、生命の中継/作用を担います
(1000/1000) 造化の場からみた精霊の役割分担
(1000/1000) 造化の場からみた精霊の役割分担

天精

  • (1000/1000) 天精とは、無形界の中で、分霊の有する生命の活動性を中継/作用させる役割を担う精霊の種別です
    • 分霊(生命を付与する者)の生活する界層から、分霊の有する生命の活動性を、生命を付与される対象の存在する界層の活動性の範囲に相応する程度にまで下げ、活動性を無形的な作用力へと変換して対象に作用させます
    • 分霊(生命を付与する者)の生活する界層と同じ界層に存在する生命を付与される対象には、分霊の有する生命の活動性の程度そのままを無形的な作用力へと変換して対象に作用させます
    • 天精は、相対的に高い活動性の程度を低い活動性の程度へ下げて中継しますが、一方で、相対的に低い活動性の程度を高い活動性の程度へ上げることはできません
  • (1000/1000) 天精が担う生命の活動性の中継は、無形界の中でのみおこなわれ、有形界へ直接に中継する状況はありません
    • 無形界の中でのみおこなわれる造化に関与し、宇宙圏/惑星圏に関わらず、無形界の各界層から、無形界の対象へ活動性を中継し作用させる役割を担います
    • 有形界でおこなわれる造化では、宇宙圏無形界の各界層から有形界の対象へ作用させる場合に、宇宙圏無形界の中での活動性を中継し、惑星圏無形界からは地精へ中継を引き継ぎます
    • 有形界でおこなわれる造化において、惑星圏無形界の各界層から有形界の対象へ作用させる場合には、地精が中継を担い、天精は中継しません
  • (1000/1000) 天精は、惑星圏無形界では人霊界/天霊界に存在しており、動物霊界を含む他の界には存在していません
    • 人霊界/天霊界以外の界に精霊が存在していないのではなく、分霊の有する生命の活動性を中継する役割を担う精霊(天精)が、人霊界/天霊界以外の界に存在していません
    • 動物霊界の動物霊も分霊ですが、動物霊は地上でのみ生活し、無形界では生活しているのではなく待機しているだけで、動物霊界の中では造化をおこなわないために、天精には動物霊の有する生命の活動性を中継する必要性がありません
  • (1000/1000) 天精は、実体を有していないために、基本的に、分霊が霊眼で視ることはできません
    • ただし、天精は個体の形体を有する実体として現れることもできるために、実体として現れている際には、霊眼で視え、分霊と精神伝達によって意思の疎通も可能です
    • 実体として現れていない場合には、分霊との精神伝達による意思の疎通はできません
    • 精神伝達については、2章6節 無形界の生活 #話すを参照してください
(1000/1000) 天精の役割
(1000/1000) 天精の役割

地精

  • (1000/1000) 地精とは、分霊の有する生命の活動性を、無形界から有形界へ、あるいは、有形界の中で中継/作用させる役割を担う精霊の種別です
    • 分霊(生命を付与する者)の生活する界層から、分霊の有する生命の活動性を、生命を付与される対象が存在する有形界の活動性の範囲に相応する程度にまで下げ、活動性を有形的な作用力へと変換して対象に作用させます
    • 分霊(生命を付与する者)が有形界で生活している場合には、分霊の有する生命の活動性の程度そのままを有形的な作用力へと変換して、生命を付与される対象に作用させます
    • 地精が有形的な作用力を作用させる対象は、有形界に存在する物体であり、物体には、人/脊椎動物の用いる有形体も含まれています
    • 地精は、相対的に高い活動性の程度を低い活動性の程度へ下げて中継しますが、一方で、相対的に低い活動性の程度を高い活動性の程度へ上げることはできません
  • (1000/1000) 地精が担う生命の活動性の中継は、無形界から有形界への中継と、有形界の中でのみの中継がおこなわれ、無形界の中でのみの中継はしません
    • 無形界の中でのみおこなわれる造化には関与しません
    • 有形界でおこなわれる造化では、宇宙圏無形界の各界層から有形界の対象へ作用させる場合に、宇宙圏無形界の中での活動性は天精が中継し、惑星圏無形界からは地精が中継を引き継ぎます
    • 有形界でおこなわれる造化において、惑星圏無形界の各界層から有形界の対象へ作用させる場合には、地精が中継を担います
    • 有形界の中でのみおこなわれる造化では、地精が、すべての中継を担います
  • (1000/1000) 地精は、惑星圏無形界では人霊界のみに存在しており、人霊界以外の界には存在していません
    • 惑星圏無形界から有形界/地上への造化は、人霊界からのみおこなわれます
    • 惑星圏無形界を構成する天霊界などの人霊界以外の界から、有形界/地上へ造化することはありません
    • そのため、有形界/地上へ活動性を中継/変換する地精も、人霊界のみに存在し、人霊界以外の界に存在する必要性がありません
  • (1000/1000) 地精は、実体を有しており、無形界/有形界の両界において、分霊の霊眼で視ることができます
    • 様々な色彩で輝く光の粒子として視えます
    • 地上で、あらゆる物体の4次元の側面に視える「輝き」は、地精の作用させる「有形的な作用力(磁気的作用力)」の放つ輝きであり、地精の放つ輝きともいえますが、4次元の側面のために、肉眼では視えず、霊眼で視えます
    • 地精は実体を有していますが、全体としての形体であり、個体としての形体を有していないために、分霊と精神伝達による意思の疎通はできません
  • (1000/1000) 地上で、人(分霊)が5次元以上の成長段階へ移行すると、有形界に敷衍[ふえん]する地精を認識できるようになります
    • 地精は、4次元の上端に相当する活動性の程度を有しているために、分霊の同調する活動性の程度が4次元の範囲に属している間は、相対的に高い活動性を有する地精を認識できません
(1000/1000) 地精の役割
(1000/1000) 地精の役割

生き方から捉えた分霊の分類

  • (1000/1000) 分霊の種別となる天霊/人霊を、成長段階と、日常的に造化する表現/行為へ付与している活動性の性質/程度で大別すると、至誠、誠実、未誠実、不誠実、の4つに分類されます
    • 生き方の基礎となる分類であり、個々のおこなう生き方は、至誠/誠実/未誠実/不誠実の1つへ必ず分類されます
    • 「至誠/誠実/未誠実」の分類は、分霊の成長段階を示す誠実の性質を有する活動性にみられる、それぞれの生き方で有している活動性の程度の違いを示しており、その性質は輝きです
    • 「不誠実」の分類は、活動性の性質そのものが分霊の成長段階を示す活動性とは異なる、不誠実の性質を有する活動性に由来しており、その性質は暗闇です
    • 分霊の成長段階そのものに誠実/不誠実の性質による区分はありませんが、分霊の有する誠実/不誠実の性質を有する習慣の強さと、同調する活動性の程度によって、造化する表現/行為へ付与される活動性の性質/程度が決まるために、日常的に表現/行為へ付与される活動性の性質/程度によって分類される至誠/誠実/未誠実/不誠実は、分霊の成長の程度を表していることにもなります
    • 日常的に造化する表現/行為へ付与する活動性の性質/程度が「誠実/不誠実な性質の表現を造化する習慣」を形成して習慣の強さを造り出し、習慣の有する性質/強さの総合が成長の程度として示され、生き方として表れます
    • 表現へ付与する活動性の性質/程度については、3章9節 精神を参照してください
  • (1000/1000) 至誠/誠実/未誠実/不誠実による生き方から捉えた分霊の分類は、惑星圏無形界での分類となります
    • 宇宙圏無形界で生活する分霊は、すべてが至誠の性質に分類され、更に、至誠よりも上位の段階の性質が無数にあります
    • ただし、至誠よりも上位の段階の性質は、無形的な印象としてのみ把握でき、有形的な言語で表現することはできません
(1000/1000) 生き方の性質/程度による分類
(1000/1000) 生き方の性質/程度による分類
  • (1000/1000) なお、分霊そのものに誠実/不誠実の違いはありません
    • 分霊のおこなう、外環境を認識する際の物事の捉え方、外環境へ表現する際の行為の目的(精神で表現を造化する目的)、に誠実/不誠実の違いがあるのです
    • ある分霊が誠実へ、他の分霊が不誠実へ分類されているのではない点へ留意してください
    • 至誠/誠実/未誠実/不誠実の分類は、分霊の日常におこなう物事の捉え方や行為の目的が総合されて造り出される「生き方の違い/程度」を表しています
  • (1000/1000) このサイトでは、記述の理解を容易にするために、無数の方向性/性質を示す表現/行為/生き方を、誠実/不誠実に大別して記述しています
    • 誠実な方向性/性質に区分される無数の表現/行為/生き方があり、同様に、不誠実な方向性/性質に区分される無数の表現/行為/生き方があります
    • 表現/行為/生き方に、誠実な方向性/性質と、不誠実な方向性/性質の2つのみが存在しているのではない点に留意してください
    • 個々の分霊が有する個性は独特で唯一無二であり、個性が表れる個々の表現/行為/生き方も、分霊の数だけ存在しています
(1000/1000) 個々の生き方と生き方の分類
(1000/1000) 個々の生き方と生き方の分類
至誠/誠実/未誠実/不誠実の違い
  • (1000/1000) 性質は、誠実、不誠実、の2つに大別され、至誠/誠実/未誠実は、誠実の性質での程度の違いを示しています
    • 至誠/誠実/未誠実は、同じ誠実の性質を有していますが、一方で、不誠実は、性質そのものが誠実の性質とは異なり、不誠実の性質を有しています
  • (1000/1000) 至誠とは、外環境の表現、物事/現象の本質、他者の思考、などの内容を、あるがままの方向性で捉えられる段階の生き方です
    • あるがままに捉えられるのが自然な生き方であり、捉えるように努める必要のない段階にあります
  • (1000/1000) 誠実とは、外環境の表現、物事/現象の本質、他者の思考、などの内容を、あるがままの方向性で捉えるように自覚して努める段階の生き方です
    • 自覚して努めようとしているために、行為が積極的/能動的です
  • (1000/1000) 未誠実は、誠実の段階ほどの積極性を有するには至っていない段階の生き方です
    • 自覚して努めている生き方には至らないために、行為が消極的/受動的です
  • (1000/1000) 不誠実とは、物事/現象、他者の言動、などの外環境へ表現されている内容を、瞬間瞬間の自己に都合の良い方向性へ置き換えて捉える生き方です
    • この捉え方は、「幻想の捉え方」であり、分霊の心が有する経験の機能特性に保存されている、不誠実な性質の表現を造化する習慣と密接に関連しています
    • 外環境の表現、物事/現象の本質、他者の思考、などの内容を、あるがままの方向性で捉えません
    • あるがままの方向性で捉えることができないのではなく、捉えようとしない点に留意してください
    • 幻想の捉え方については、5章2節 幻想を参照してください
(1000/1000) 至誠/誠実/未誠実/不誠実の比較
(1000) 至誠/誠実/未誠実/不誠実の比較
不誠実の性質を有している者/有していない者の違い
  • (1000/1000) 不誠実な性質を有している者とは、分霊の心が有する経験の機能特性に保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」に基づく表現の造化を、制御しない者たちの総称です
    • 不誠実な性質の表現の造化を制御できないのではなく、自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく制御しない状況を指しています
    • 不誠実な性質を有している者とは、「不誠実な生き方」をしている状況を表しており、世界に調和していない不自然な生き方です
    • 不誠実な生き方は、自己の内面と向き合うことから逃げ回り、常に自己を欺[あざむ]き、絶え間なく他者へ虚勢を張り続けなければならないために、一時[ひととき]も内面が落ち着く状況のない疲弊する生き方です
  • (1000/1000) 不誠実な性質を有していない者とは、分霊の心が有する経験の機能特性に保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」に基づく表現の造化を、制御する者たちの総称です
    • 不誠実な性質の表現を造化する習慣を有していないのではなく、有している習慣を、自覚して制御している、あるいは、自覚して制御に努めている状況を指しています
    • 生き方の分類にみられる至誠/誠実/未誠実の違いは、不誠実な性質の表現を造化する習慣を自覚して制御している程度として表されます
    • 不誠実な性質を有していない者は、「誠実な生き方」をしている状況を表しており、世界に調和した自然な生き方です
    • 誠実な生き方は、常に自己の内面と向き合い、自己の願う生き方の方向性と、実際の生き方の方向性との不一致に苦しみながらも、両者の方向性を一致させていくように努めることで得られる喜び/真の幸福によって、内面に静けさが拡がる安らぎの生き方です
  • (1000/1000) 不誠実な性質を有する表現の造化を「制御できる/制御できない」は、「制御しようとする」過程にみられ、「制御しようとしない」中にはみられません
    • 制御しようと努め続けている過程で、思うように制御できない段階から、徐々に思うように制御できる段階へと移行していくのであり、制御しないのならば、制御できるも、制御できないも、どちらも存在していません
    • 制御へ努めている過程で制御できるようになる状況は、急な下り坂で、自転車のブレーキをかけても、すぐには止まらず、徐々に減速してから止まることに譬[たと]えられます
    • ただし、ブレーキをかけ続けていなければ、減速することも、止まることもなく、途中でブレーキを緩めたり、ブレーキをかけなくなれば、徐々に加速していくようになります
    • 制御しないとは、全くブレーキをかけようとしない状況を指しており、終わりなく加速し続けていきます
(1000/1000) 表現の造化と程度の違い
(1000/1000) 表現の造化と程度の違い
  • (1000/1000) 生き方の性質は、発言、行動、挙措、態度、などの物的な活動に表れますが、外見的に温厚/理知的にみえるから誠実な生き方をしている、冷淡にみえるから不誠実な生き方をしている、という判断は成り立ちません
    • 肉眼に視える外見には、温厚/理知的にみえたとしても、肉眼に視えない精神で造化される無数の表現には、不誠実な性質を多く有している場合もあります
    • 一方で、外見には冷淡にみえたとしても、他者の成長を阻碍しないために、他者の不誠実な行為へ迎合/加担しないという「誠実な性質を有する愛の行為」がおこなわれている場合もあります
    • 肉眼に視える発言/行動/挙措/態度などの内容ではなく、それらの物的な行為の土台となる「自覚的/無自覚的な目的」へ焦点を向け、行為の内容と行為の目的を総合して詳細に考察することで、生き方がみえるようになります
    • 愛の行為については、5章6節 愛の行為を参照してください

至誠の生き方をしている分霊

  • (1000/1000) 至誠の生き方は、自己/他者の成長を促すために活動することが自然な成長段階であり、4次元の上位の範囲でみられます
    • 自己/他者(人/脊椎動物を含む)の成長を促すのが自然であり、成長を阻碍するような不自然な活動は慎[つつし]むように努めています
    • 天霊/人霊ともにみられる生き方であり、内的成長度では、500以上の段階に相当します
    • 内的成長度については、4章3節 内的成長度を参照してください
  • (1000/1000) 至誠の特性は、静謐さにあります
    • 静謐さは、騒音、騒がしさ、粗暴さ、荒々しさ、などのない「静けさ」というだけでなく、至誠の程度を有する生命の活動性によって造化されている実体としての「静謐(活動性の性質の表現)」であり、安らぎ、平和、丁寧さ、などともいえます
    • 活動性の性質の表現については、3章9節 精神 #活動性の性質の表現を参照してください
  • (1000/1000) 物事の捉え方は、惑星圏無形界では4次元に属しており、人霊では、有形的認識よりも無形的認識が比較的に優勢です
    • 宇宙圏無形界では、5次元以上に属しており、無形的認識に基づく捉え方が主となります

誠実の生き方をしている分霊

  • (1000/1000) 誠実の生き方は、積極的に自己の成長を求めるようになる成長段階であり、4次元の中位の範囲でみられます
    • また、自己の成長だけでなく、他者の成長も促せるように努め始めますが、成長を阻碍するような不自然な活動(無用な批判/諫言[かんげん]/指示など)をおこなう場合もみられます
    • 天霊/人霊ともにみられる生き方であり、内的成長度では、200-500未満の段階に相当します
  • (1000/1000) 物事の捉え方は、4次元に属しており、人霊では、無形的認識が発達し始め、徐々に無形的認識で捉えられるようになりますが、有形的認識が優勢です

未誠実の生き方をしている分霊

  • (1000/1000) 未誠実の生き方は、積極的に自己の成長を求めるには至っていないものの、不誠実の性質を有していない成長段階であり、4次元の中位の範囲でみられます
    • 天霊/人霊ともにみられる生き方であり、内的成長度では、200未満の段階に相当します
  • (1000/1000) 物事の捉え方は、4次元に属しており、人霊では、無形的認識が未発達であり、有形的認識で捉えています
  • (1000/1000) 未誠実の生き方をしている者の中には、自身を、地上の生活で形成した特定の習慣に縛りつけている「地縛(自縛)」の性質をあわせもつ者もいます
    • 地縛とは、固執、偏見、思い込み、特定の生活習慣、唯物主義、科学至上主義、などの固定観念、また、常識、慣習、風習、特定の宗教団体の教理/儀式、などの既成概念に強く囚われ続けている状況を示しています
    • 固定観念/既成概念(囚われ)を強く有してる状況が「地縛」であり、固定観念/既成概念を有しているだけでは「地縛」になりません
    • 地上で体験した出来事の「思い出」に縛られている場合もあり、特に、他者/愛玩動物の死に対する悲しみへ強く縛られている状況が多くみられます
    • 地縛の性質を有する者は、地上で生活する人や、有形界を構成する活動性の範囲と同等の活動性の程度に相当する低い界層で生活する人霊にみられ、成長を阻碍している大きな要因となっています
    • このサイトでは、地縛の性質を有している者を「地縛者」と表現しています
    • 地縛者は、自身が強く囚われている内容と同じ内容へ囚われている人へ憑依することができます
    • 地縛については、この節の地縛/地獄の違いも参考にしてください

不誠実の生き方をしている分霊

  • (1000/1000) 不誠実の生き方は、自己/他者の成長を阻碍/退行させるような活動を自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なくおこなう成長段階であり、4次元の下位の範囲でみられます
    • 地上と、⼈霊界の地獄層でのみ、不誠実の生き方をしている者がみられます
    • 地上で⽣活している人や、地上で⽣活した体験を有している⼈霊にみられる場合があり、内的成長度では、200 未満の段階に相当します
    • 地上での⽣活をしない天霊には、不誠実の生き方はみられません
    • 不誠実の生き方では、人霊としての成長段階は4次元の中位の範囲に位置しているものの、生き方は動物霊の成長段階と同等となる4次元の下位の範囲にあります
  • (1000/1000) 不誠実の性質を有している者は、無形界では地獄層のみで生活しているために、「地獄」の性質を有する者(地獄者)とも言い換えることができます
    • 地上で有していた有形体という物的な牢獄から受けた影響によって、有形体を捨て去った後も、利⼰性/⾃⼰中⼼性/欲望に囚われ続けているのです
    • 有形体の内包する物質の心は、恐れ/怯えに基づいて様々な影響を人霊へ与え、利⼰性/⾃⼰中⼼性/欲望を満たし続けるように、はたらきかけます
    • 地獄層で生活している地獄者と同様に、地上で生活している人にも、地獄の性質を有している者は多くみられます
    • 利⼰性/⾃⼰中⼼性/欲望に囚われると、物的な欲望/快楽の追求、虚栄⼼を満たすための⾔動、虚勢を張る、恐れ/怯えて逃げ回る、根気がない、行動に一貫性がない、粗暴、横柄、卑屈、僻[ひが]み、などがみられるようになります
    • また、地獄の性質を有する者には、地縛の性質をあわせもっている場合も多くみられ、利己性/自己中心性/欲望に基づく固執、偏見、思い込み、特定の生活習慣、などの、地獄の性質を土台とする地縛の性質を有しています
(1000/1000) 地獄の性質の例
(1000/1000) 地獄の性質の例
  • (1000/1000) 地獄者の特性は、自己よりも強い地獄の性質を有する者へ、内面では反感を抱きながら、媚[こ]びて迎合し、逆に、自己よりも弱い地獄の性質を有する者へは、傲慢に暴虐/差別をおこないます
    • 地獄者は、地獄の性質を有していない者に対しては、忌避する、排斥しようとする、逃げ隠れる、などをおこないます
  • (1000/1000) 地獄者は、表現/行為へ付与する活動性に輝きがみられず、自身で造り出した暗闇の中で、自身と同様に地獄の性質を有する者たちを虐[しいた]げ、また、虐げられて生活しています
    • 輝きがないための暗闇ではなく、自身の利己性/自己中心性/欲望によって造化した実体のある暗闇(活動性の性質の表現)の中で生活しています
  • (1000/1000) 地獄者は、有形界(地上)で生活している者へ、悪意を持って干渉する場合があります
    • 有形界で生活している人の中で、自己と同等の極めて低い活動性の程度を有する者や、自己と類似する生き方をしている者に憑依することができ、また、自己とは有する活動性の程度は異なっていたとしても、欲望、悪意、感情、などの不誠実な表現を一時的にでも造化した者へ、憑依することもできます
    • 憑依された者は、地獄者の思うがままに、利己性/自己中心性/欲望を満たすための行為をおこなう場合が多くみられ、日常的な利己性/自己中心性/欲望を満たすための行為だけでなく、地上で起きる凄惨な事件、戦争/侵略、紛争、圧政、搾取、迫害、人種/民族差別、などを引き起こしている状況にも関連しています
    • 地上の都市部、繁華街、歓楽街、などには、利己的/自己中心的で物的な欲望の性質を有する活動性が集積しており、地獄者を引き寄せ集めています
    • 地上では、憑依する地獄者たちを、伝統的に悪魔/悪霊と呼んでいました
    • 憑依は、特殊な事柄ではなく、様々な憑依の程度が、日常のあらゆる状況でみられます
    • 霊眼では、地獄者に憑依されている人に、様々な程度の実体のある暗闇を視ることができます
  • (1000/1000) 地獄者は、復讐のために、復讐の対象となる人物へ憑依する場合もみられます
    • 同様に、対象となる人物へ復讐するために、その人物と関係のある人々へ憑依して復讐を遂げようとする場合もみられます
    • 自己を騙[だま]し貶[おとし]めた人物、自己を殺した人物、などへの怨嗟[えんさ]/悲憤に囚われ、対象となる人物を自己と同等の状況へ陥[おとしい]れようと画策します
    • この中には、逆恨みによって、自己の思い込みで特定の人物へ復讐しようとする状況も含まれます
    • 復讐のための憑依は、地上で「祟[たた]り」と呼ばれている状況の一部を表しています
    • ただし、祟りと呼ばれているほとんどの状況は、地上で生活する人が自身に都合の良くない出来事を、肉眼に視えない物事へ都合良く責任逃避しているだけに過ぎません
    • 責任逃避については、5章2節 幻想を参照してください
  • (1000/1000) 地獄者は、無形界に敷衍[ふえん]する輝き/愛を、自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく、羨[うらや]み、妬[ねた]み、憎んでいます
    • 暗闇で生活する者には、光り輝きは灼熱をともなう苦痛であり、眩しくて眼を逸らさずにはいられないのです
    • また、醜悪な生き方をしている自身が、光に照らし出されることに怯えているための反動ともいえます
    • 無形界から地上へおこなわれる愛ある仕事を、様々な手口を用いて妨害し、輝き、愛、叡智、などが、地上へ普及するのを阻止しようと画策しています
  • (1000/1000) 物事の捉え方は、4次元に属しており、無形的認識は未発達であり、有形的認識で捉えています
    • 更に、物事の捉え方には、幻想をともなっています
地縛/地獄の違い
  • (1000/1000) 地縛/地獄は、双方ともに、分霊の心が有する経験の機能特性に保存されている習慣です
    • これらの習慣は、精神で表現を造化する際に、造化の方向性を規定し、習慣を強く有しているほどに、強い方向性として造化へ影響を与えます
  • (1000/1000) 地縛は、精神的な囚われであり、固定観念/既成概念に関連します
    • 霊の成長とは直接的に関係しない性質ですが、成長を阻碍する要因となります
    • 地縛の性質は、誠実な生き方をしている者にも、不誠実な生き方をしている者にもみられます
    • 固定観念/既成概念については、5章4節 固定観念/既成概念を参照してください
  • (1000/1000) 地獄は、霊的な囚われであり、認識の基礎となる性質に関連します
    • 霊の成長と直接的に関係する性質であり、地獄の性質を有している間は、霊が成長することはありません
    • 地獄の性質は、誠実な生き方をしている者にはみられず、不誠実な生き方をしている者にみられます
  • (1000/1000) 認識の基礎となる性質を土台として、精神での表現の造化がおこなわれるために、同じ内容の精神の囚われを有していたとしても、基礎となる性質の違いによって、精神で造化される表現の内容と、表現が有する性質は異なります
(1000/1000) 地獄と地縛
(1000/1000) 地獄と地縛

至言の紹介

(1000/1000)「瀞沁」
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愛を実践して生きる者たちは
邪悪な者たちの妨害を常に受けるものです
挫けてはなりません
諦めてはなりません
迎合してはなりません
ひたすらに突き進むのです
そして受ける妨害すらも
自己の成長の糧[かて]としてしまうのです
(1000/1000)「瀞沁」
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牢獄の中で生まれ育った者は
牢獄の内以外を知らず
牢獄の外を知ろうともしません
そして、自己が知らないという
その一点にしがみついて
牢獄の外の話をする者を嘲笑するのです
 
でも、牢獄の外は牢獄よりも素晴らしいと
本人は薄々と気づいているのです
けれども気づきたくないのです
何としてでも眼を逸らし続けていたいのです
自己の知らない牢獄の外という
未知に恐れ/怯えているのです
 
臆病な者には
何ひとつ変えることはできません
何ひとつ知ることはできません
成長は勇気をもって一歩一歩を確実に
踏み出し続ける者にだけ与えられるのです

質疑応答

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精霊

(1000/1000)

 地精(精霊)が様々な形体をもつ存在として知られているのは、地精が自身で個体の形体をもつ実体として現れることはできませんが、無形界の人霊や地上の人たちは、自身の有する有形的認識の内容に基づき、地上/惑星圏無形界の地精を個体の形体を有する者として認識しているためです。これは、5次元以上の成長段階に属する分霊たちが、自身で無形体の形状を規定して視せようとしない限りは、彼らを視る者が有している有形的認識に基づいて認識する形状として視えていることと同様です。視る者が、視られる者の形体/形状を、自身の視たいように規定して視ているのです。個々の有している有形的認識の内容は個々によって様々なために、同じ地精を認識したとしても、視る者の有形的認識の内容によって、同じ形体/形状を有する地精とは認識されていません。類似する形体/形状として認識している場合もあれば、全く異なる形体/形状として認識している場合もあります。無形体の形状については、3章4節 無形体を参照してください。

 なお、天精は自身で個体の形体を有する実体として現れることができます。これは、自身で形体を規定して相手(分霊)へ視せている状況を指しています。視られる者が、自身の視せたいように形体を規定して、視る者へ視せているといえます。

 このサイトでは、世界/人の構造を把握するうえで必要となる、精霊の有する「活動性の中継/変換の役割」についてのみ本編で記載しています。精霊たちの詳細については、地上での人の成長へ直接的に関連しない内容のために、このサイトでは記載していません。精霊たちの詳細ついては、ほとんどの者が精霊を認識することのできない地上で研究/考察するよりも、精霊を認識することのできる無形界で研究/考察するほうが適した内容です。地上で生活できる期間は僅かしかないために、地上での役割に「精霊について研究する」という内容が含まれていない限りは、地上でのみおこなえる自己/他者(脊椎動物を含む)の成長へ意識を集中させることが大切です。

誠実の性質

(1000/1000)

 はじめに、嘘とは何か? 正直とは何か? を明確に定義する必要があります。嘘/正直の定義は、語を用いる個々によって様々なために、このサイトでは下記として定義します。

 誠実な生き方へ努めているのならば、正直に生活する状況が多くみられますが、必要な場合には嘘を伝える状況もみられます。

 発言/行動の有する誠実/不誠実の性質は、肉眼に視える発言/行動の内容ではなく、肉眼に視えない発言/行動の目的で判断します。嘘/正直は行為の方向性を示しているために、行為の目的にみられる誠実/不誠実の性質が嘘/正直な発言/行動の内容として表れているとは限りません。これは、嘘の発言/行動が必ずしも不誠実な目的に基づいているとは限らず、誠実な目的で嘘を伝える場合もあることを指しています。ただし、誠実な目的に基づいて正直に伝えることはできるものの、不誠実な目的に基づいて正直に伝えることはできません。正直な行為の方向性は、常に誠実な目的に基づいてのみ用いられます。

 誠実な目的で「現実とは異なる内容」の嘘を自覚して相手へ伝える状況は愛の行為としてみられ、相手への思いやりに基づいています。愛の行為にみられる自覚のある嘘の例として、臨終の者が心残りとしている親族との仲違いを、仲違いしたままにも関わらず、「親族は仲違いを水に流している」と伝えて安心させる状況が挙げられます。心残りが死後に「地上への未練」となり地縛者を造り出す原因にもなっているために、心残りを解消するように努めているのです。もしも、死後に「親族は仲違いを水に流している」というのは嘘だったと気づいても、誠実な生き方へ努めているのならば、既に有形体を捨て去っており物質の心から誘惑の影響を受けないために、怒り/悲しみなどの感情を積極的に造化し難く、また、相手の無形体に現れる色彩の変化が視えるために、自己に嘘を伝えた者が「自己のために嘘を伝えた」のだと理解して、嘘を伝えられたことに寛容をもちやすくなります。愛の行為については、5章6節 愛の行為を参照してください。

 一方で、誠実な目的で「現実とは異なる内容」の嘘を自覚できるものの自覚なく相手へ伝える状況もみられますが、愛の行為にはみられません。愛の行為として伝える嘘は常に自覚しておこなわれます。誠実な目的でおこなわれる自覚できるものの自覚のない嘘の例として、道順を尋ねられて伝えたものの後から誤った道順を伝えてしまったことへ気づく状況が挙げられます。道順を尋ねられた際に自己は正直に相手へ道順を伝えたと認識しているのですが、自己の思い違いなどにより、結果として誤った道順を伝えてしまっていたのです。

 なお、幻想の捉え方では「現実」が観えていない点に留意してください。幻想の捉え方は、相手の発言/行動、物事、出来事、現象、などの「眼前に遭遇する現実」を、瞬間瞬間の自己に都合の良い利己的/自己中心的な方向性へ置き換えて捉えています。幻想に基づき利己性/自己中心性/欲望を満たすために自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく嘘を相手へ伝えることはできますが、一方で、自己は正直に相手へ伝えていると思い込んでいたとしても、幻想に基づいて正直に相手へ伝えることはできません。幻想の捉え方については、5章2節 幻想を参照してください。

(1000/1000) 行為の性質と嘘/正直
(1000/1000) 行為の性質と嘘/正直

 不誠実な生き方をしている者は、自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく相手へ虚偽/嘘を伝える状況が頻繁にみられ、日常の様々な活動に対してだけでなく、お喋りを通しておこなわれる噂話/陰口/中傷の土台にもなっています。そして、自覚の有無に関わらず、利己性/自己中心性/欲望や虚栄心を満たすために瞬間瞬間の自己に都合の良い内容(虚偽/嘘)を相手へ伝えるとともに、自己が相手へ伝えた内容は「他者から聴いた」と伝えることで他者へ責任逃避する狡猾性を有しています。

 多くの場合では、相手へ伝える必要がないにも関わらず、ある内容を「〇〇(他者の名称)から聴いた」と相手へ伝えるものの、聴いたという内容には下記が挙げられます。

  • その内容は、他者から聴いたのではなく、自己の造り出した妄想の内容
    • 他者からは何も聴いていません
  • その内容は、自己の造り出した妄想を他者から聴いたと思い込んでいる内容
    • 他者から聴いた内容と自己が相手へ伝えた内容には関係がなく、他者から「何らかの内容」を聴いたという出来事のみがあります
  • その内容は、他者から聴いた内容を自身に都合良く改変した内容
    • 他者から聴いた内容を相手へ伝える際に欠落/誇張があります
    • 他者から聴いた内容の一部(単語/文節)のみが引用され、自己の妄想を補強するのに利用されています

 一方で、誠実な生き方をしている者は、相手へ伝える必要がある場合にのみ他者から聴いた内容を伝え、伝える際には下記の特徴がみられます。

  • 他者から聴いた内容を相手へ欠落/誇張なく正確に伝えます
  • 可能であれば、何時[いつ]に、何処[どこ]で、どのような状況で、他者から聴いた内容なのかも相手へ伝え、相手が「他者から聴いた内容」を考察しやすくし、誤解を防ぐように努めます
  • 他者から聴いた内容を正確に覚えていないのならば、「正確に覚えていない」ことを相手へ伝え、内容の不正確性へ留意するように促します

 日々の生活の中では、冗談、ジョーク(冗談とジョークは全く同じ定義ではありません)、ユーモア/諧謔[かいぎゃく]、などが様々な場面で用いられているものの、不誠実な生き方をしている者は、冗談という名目で相手へ嘘を伝え騙[だま]し愚弄[ぐろう]する状況が多くみられ、相手へ嘘を伝え、もしも、相手に嘘だと見抜かれたのならば、「冗談だ」と言い換え誤魔化し、逃げ去る状況もみられます。誠実な生き方をしている者も冗談を述べる状況はありますが、相手が冗談だと必ず気づける内容を伝え、相手を愚弄するような内容は伝えません。

 この質疑応答に関連する内容には、5章2節 幻想 #質疑応答の「不誠実な生き方をしている者は、法律に反するような行為を日常的におこなっているのですか?」がありますので参考にしてください。

(1000/1000)

 誠実な生き方へ努めているとしても、地獄者/地縛者に憑依されている状況はみられます。ただし、日常的に強い程度で憑依され、思うがままに操られている者はみられません。

 成長段階に相応する生き方の程度(未誠実/誠実/至誠)から捉えると、未誠実の程度の生き方(内的成長度で200未満に相当する成長段階)をしている者には、比較的に弱い程度で憑依している地獄者/地縛者たちがみられる場合もあります。未誠実の段階では、自覚して積極的に成長へ努めるには至っていないために、地獄者/地縛者たちに経験の機能特性へ保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を容易に喚起され易[やす]く、不誠実な表現の造化を制御するように努めてはいるものの不誠実な表現を造化しやすくなり、利己的/自己中心的な行為も度々[たびたび]におこなうようになります。

 誠実/至誠の程度の生き方(内的成長度で200以上に相当する成長段階)をしている者には、憑依している地獄者/地縛者たちはみられませんが、もしも、精神で不誠実な表現(特に怒り/苛立ちなどの感情)を造化すれば地獄者/地縛者たちを引き寄せ集めるようになります。誠実/至誠の段階では、自覚して積極的に(あるいは自然に)成長へ努めているために、地獄者/地縛者たちに経験の機能特性へ保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を喚起され難く、また、喚起され不誠実な表現を造化してしまったとしても即時に表現を消し去ることができます。

 不誠実な表現の造化を制御し、誠実な生き方へ努めていても、物質の心による誘惑(利己性/自己中心性/欲望)の干渉や僅かな油断/慢心が引き金となって、地獄者/地縛者たちを憑依させてしまう可能性は常にあります。特に、熱/疲労は誘惑の干渉を強め、誘惑そのものが経験の機能特性へ保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を喚起するように「はたらきかける」ために、不誠実な表現を造化しやすくなり、造化した不誠実な表現が地獄者/地縛者たちを引き寄せ集め、引き寄せ集めた地獄者/地縛者たちが更に経験の機能特性へ保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を喚起するように、はたらきかけようとします。誘惑については、5章3節 誘惑を参照してください。

 有形体/外環境の無数の周期から受ける影響や、疲労、内面の状況、などの変化を常に総合して考察し、生活の状況を適宜に調整するように努めて、地獄者/地縛者たちに憑依する隙[す]きを与えないように留意する必要があります。彼らを憑依させる状況は、自己の成長を阻碍するだけでなく、地獄者/地縛者たち自身の成長も阻碍することになるのです。

(1000/1000) 習慣を喚起する循環
(1000/1000) 習慣を喚起する循環

(1000/1000)

 誠実な生き方へ努め、精神で不誠実な思考/感情などを造化する状況がなかったとしても、地獄者/地縛者に干渉を受けることはあります。自身の生き方に関わらず、物質の心を内包する有形体は地獄者/地縛者との親和性が高く、地上で生活している環境によって若干の差はみられるものの、肉眼には視えないだけで、自身が引き寄せようとしなくても自身の周囲には数千-数十万の地獄者/地縛者たちが常に群れ集まっている点へ留意してください。憑依される(継続して干渉を受け続ける)状況はみられなくても、干渉を受ける状況はみられるのです。地獄者/地縛者は物的な物事へ囚われ続けているために、人へ物的な誘惑の影響を与える根源となる「物質の心そのもの」に引き寄せられるのです。

 どれほどに高い活動性の程度へ同調し、精神で不誠実な思考/感情を造化することなく、誠実な生き方へ努めていても、熱、疲労、有形体/外環境の様々な周期、などの組み合わせによっては、突発的に地獄者/地縛者たちから干渉を受ける場合があります。ただし、自己が地獄者/地縛者から干渉を受けたと自覚する状況は少なく、多くの場合では、地獄者/地縛者から干渉を受けた際に眼前の状況へ符合するような内容の閃きを得たように感じ取るために、天使たちから「閃きの土台となる印象」を受信したと思い込んでいます。

 干渉を受けて地獄者/地縛者から送られた印象を受信した際に湧き浮かぶ内容が、眼前の状況へ符合しているように感じられるために、高揚感とも興奮ともいえるような感覚をあわせて感じ取ります。しかし、湧き浮かんだ内容を興奮のままに信じ込まずに、落ち着いて丁寧に考察し、湧き浮かんだ内容に関連する様々な内容との整合性を検証すれば、天使たちから受信した印象(閃き)ではないと気づくことができます。天使たちから受信した印象は、関連する様々な内容との整合性が常に保たれています。なお、天使たちから印象を受信した際には、高揚感を感じている状況はみられても、興奮は感じ取りません。高揚感と興奮は類似する方向性をもつ感覚ですが、興奮は精神の騒響[ざわめき]と密接に関連しています。騒響を引き起こす多くは、経験へ保存されている利己性/自己中心性/欲望(不誠実な性質の表現を造化する習慣)や、物質の心から受ける誘惑の影響に起因しており、これらと同様の不誠実な性質を有する地獄者/地縛者から干渉を受けても騒響/興奮を引き起こしやすくなるのです。

 この質疑応答に関連する内容には、6章2節 書物を読む際の留意点 #質疑応答の「交霊会に地獄者/地縛者が現れ、人を騙し唆すような発言をして、その結果、交霊会の記録を編纂した書物へ不誠実な内容が混入するのはどうしてですか?」がありますので参考にしてください。

不誠実(地獄)の性質

(1000/1000)

 無形界の地獄層で生活している地獄者と、地上を徘徊する地獄者は、界層から捉えた場合と次元から捉えた場合で、それぞれ捉え方が異なります。界層/次元から捉えた地獄層と地上のつながりについては、2章4節 無形界の構造 #人霊界の構造を参照してください。

 界層から捉えると、無形界の地獄層と、有形界の地上は、重なる活動性の範囲をもつ別々の場となるために、地獄層の地獄者と、地上の地獄者は異なる存在として区別されます。地獄層/地上で活動性の重なる範囲内では、地獄層から地上へ、逆に、地上から地獄層へ相互に往来できます。地獄層の地獄者は地上へと移動して、地上の人へ憑依します。ただし、自身が死んだことへ気づかないままに地上を徘徊[はいかい]し人へ憑依している地獄者たちは、自身は人であると誤認しており、霊だと自覚していないために、地獄層へ往来していたとしても、地獄層を地上と誤認しています。

 次元から捉えると、無形界の地獄層と、有形界の地上は、4次元の下位の範囲で重なりをもつために、地獄層/地上の重なる範囲内では、地獄層の地獄者と、地上の地獄者は区別のない同じ存在となります。次元は、時間、空間、物事の捉え方、などの認識の程度を表しているために、地獄層/地上の重なる範囲内は、地獄層/地上の区別がなく、同等の認識の程度を有している同じ場なのです。界層から捉えた場合では、地獄層の地獄者は地上へと移動しますが、一方で、次元から捉えた場合では、地獄層という場が、同時に、地上という場でもあるために、移動するという捉え方はありません。地獄者は、自身と同じ場に生活する同等の生き方をしている人へ憑依します。

 界層/次元での捉え方は、地上での物事の捉え方と同じように、物的に捉えて理解しやすいのは界層から捉えた場合ですが、無形界での物事の捉え方からは、次元から捉えた場合が理解しやすくなります。これは、世界(有形界/無形界)の構造や、人の構造を捉える際も同様です。

(1000/1000)

 地獄者/地縛者が人へ憑依して操るのと、無形界から通信するために霊媒を操作するのでは、双方ともに、有形体を有していない者が、有形体を有している人(霊媒)を通して物的な行動をおこなう点は共通していますが、両者では、人(霊媒)が操られる/操作されることを自由意志で選択する際の自覚の有無に違いがあります。

 地獄者/地縛者は、憑依している人の「思うがままに操ることを許可する」という自由意志による選択を、自覚して選択していたとしても、自覚できるものの自覚なく選択していたとしても、選択しているのならば操れます。一方で、無形界から地上へ通信する際には、地上で生活する霊媒の「無形界からの通信へ用いることを許可する」という自由意志による選択を、自覚して選択した場合にのみ霊媒を操作し、自覚できるものの自覚なく選択していたとしても決して操作しません。操作できるものの操作しないことが重要な点であり、操作できる程度に大きな影響を与えています。明確に自覚して選択しているほどに操作できる程度は高くなります。

 地獄者/地縛者は「自身の利己性/自己中心性/欲望を満たす」という不誠実な目的のために人を操れればよいのであり、操っている人の状況を考慮/配慮しません。操作できる程度が低くても無理矢理に操り、結果として、操っている人が成長を退行させても、潰れても、壊れても、死んでも、自身には関係なく、潰れ/壊れ/死んで使い物にならなくなったのならば、他の人へ乗り換えて憑依し操り、利己性/自己中心性/欲望を満たし続けるだけのなです。

 無形界からの通信では、「地上へ何らかの内容を伝える」という誠実な目的に基づいて霊媒を操作します。地上へ何らかの内容を伝えるためには、霊媒を操作できる程度が低くては通信する意義がありません。操作できる程度が低い状況で通信をおこなったとしても、意味のある内容を地上へ伝えることはできないのです。そのため、霊媒の状況を考慮/配慮して充分に操作できるように努め、できる限り「操作できる程度」を高めるようにします。同時に、霊媒へ負担を与え過ぎないように、霊媒の成長にもつながるように計画的に通信します。

 ただし、地獄者/地縛者も、無形界からの通信でも、地上で生活する人(霊媒)の自由意志で「操られる/操作されることを許可しない」のならば、どれほどに操ろう/操作しようとしても、操れず、操作できません。地獄者/地縛者が人へ憑依して操る際の例として、人が自殺した場合では、自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく自殺した人を、憑依していた地獄者/地縛者たちは自身が操り自殺させたと思い込んでいる状況も多くみられますが、地獄者/地縛者から自殺を唆[そそのか]されたとしても、自殺するか/しないかを自由意志で選択するのは、憑依されていた本人です。地獄者/地縛者たちに憑依され執拗[しつよう]に自殺を唆されていたとしても、本人の自由意志による「自殺を許可する」選択なしに地獄者/地縛者たちが操り自殺させる状況はありません。自覚できるものの自覚のない自殺については、4章6節 自由意志/運命 #質疑応答の「自覚のないままに自殺することを自由意志で選択している場合もありますか?」を参照してください。

 なお、地上で生活している人(主に不誠実な生き方をしている者)は、自身が地獄者/地縛者に憑依されているという自覚を有していないために、地獄者/地縛者へ「思うがままに操ることを許可する」と自由意志で選択するとは、本人が利己性/自己中心性/欲望に基づいて、「不誠実な行為をおこなうことを制御しない」と選択する状況を指しています。

 この質疑応答に関連する内容には、3章5節 有形体 #質疑応答の「他殺が有形体の使用期限とは、どうしても納得できないのですが?」がありますので参考にしてください。

(1000/1000)

 地獄者がおこなう人への干渉は、有形界/地上で生活している者の、分霊の心が有する経験の機能特性に保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」に基づいて、精神で利己性/自己中心性/欲望に基づく表現を造化するように「はたらきかけ」ます。精神での表現の造化については、3章9節 精神を参照してください。

 地獄者には、有形界で生活している人が有している、有形体の内包する物質の心から受ける誘惑(利己性/自己中心性/欲望)の影響力を強めることはできません。地獄者にできるのは、人の有している習慣に基づいて、不誠実な表現を造化するように「はたらきかける」ことだけです。はたらきかけは、地獄者が不誠実な性質をもつ印象を有形界で生活している者へ精神伝達によって送る方法でおこなわれ、有形界で生活している者は、送られてきた不誠実な性質をもつ印象に誘発されて、利己性/自己中心性/欲望に基づく不誠実な性質の表現を自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく連鎖して造化するようになります。物的な距離から捉えると、印象の送信は、地獄者から遠く離れた場所の人へ遠隔でおこなわれる場合だけでなく、人の傍[かたわ]らに立つ地獄者が至近からおこなう場合も多くみられ、人へ憑依するため(憑依の程度を強めるため)の足掛かりとしておこなわれています。

(1000/1000) 習慣の喚起による憑依
(1000/1000) 習慣の喚起による憑依

 経験へ保存されている習慣は、表現の造化へ用いられるほどに強さを増していくために、精神で造化した不誠実な表現の土台となっている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を、造化された表現を通して自覚しようとせずに、また、習慣に基づく不誠実な表現の造化を制御しようとせずに、習慣のままに不誠実な表現を造化し、行動しているのならば、地獄者による「はたらきかけ」を際限なく強く受けていくようになります。

 地獄者/地縛者に憑依され操られている状況は、彼らの利己性/自己中心性/欲望を満たすためや、頑迷な囚われへ縛り付けられるために、操られている人の時間/労力(人生そのもの)と有形体が使い潰されていることを表しています。同様に、人が不誠実な生き方をおこなっている状況は、自身の時間/労力(人生そのもの)と有形体を、地獄者/地縛者へ差し出していることを表してもいます。

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 地獄者は、様々な手口を用いて人へ干渉していますが、その中でも、自身が直接に干渉できない者に対して、他者を利用して間接に干渉する手口があります。この手口は、誠実な生き方へ努めている人に憑依を試みる方法であり、特殊な方法でもなく、稀な方法でもなく、日常の様々な場面で頻繁にみられます。

 地獄者本人は不誠実な生き方をしており、誠実な生き方へ努めている人とは、生き方の性質が異なるために親和性が低く、直接に干渉できません。そのため、自身と同じ生き方をしている「不誠実な生き方をしている人」へ憑依し、あるいは、不誠実な生き方をしている人の有する「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を喚起させて、不誠実な言動をおこなう、利己性/自己中心性/欲望の喚起を唆[そそのか]す、などで、誠実な生き方へ努めている人に対して物的に干渉します。誠実な生き方へ努めている人が、物的な干渉に反応して、不誠実な生き方をしている人へ不誠実な言動で応対する、感情を造化する、欲望で行動する、などをおこなうと、これらの行為の有する不誠実な性質が地獄者との親和性を高めるために、地獄者が直接に干渉できるようになります。

 誠実な生き方へ努めている人が、憑け入る隙[す]きを与えて、地獄者から直接に干渉を受けるようになると、精神で感情や欲望が連鎖して急激に造化され、思いもよらないような不誠実な言動をおこなう状況がみられます。この状況を放置していると、同調する活動性の程度を下降させるようになり、また、不誠実な行為が造化されるのを制御しない(不誠実な生き方をおこなう)ことへもつながりやすくなります。

 日常の中では、不誠実な生き方をしている人が、憑依している地獄者に操られて、また、唆[そそのか]されて、誠実な生き方へ努めている相手へ物的に対面し直接に不誠実な行為をおこなう状況に加えて、自覚できるものの自覚なく相手へ間接的に不誠実な行為をおこなう状況も頻繁にみられます。不誠実な生き方をしている人のおこなった不誠実な行為に起因して造り出された不誠実な物事/現象によって、相手が感情や不誠実な思考を造化したのならば、地獄者は直接に相手へ干渉できるようになります。もしも、この段階で、相手が感情や不誠実な思考を造化しなかったとしても、不誠実な生き方をしている人のおこなった不誠実な行為に起因して造り出された不誠実な物事/現象を相手から是正されると、不誠実な生き方をしている人には自身のおこなった行為(不誠実な物事/現象)を是正された状況が自身に都合良くないために、相手を自覚して非難/批判/糾弾する、あるいは、誹謗中傷するようになります。そして、相手へ直接/間接におこなわれた非難/批判/糾弾や、誹謗中傷は、相手に感情や不誠実な思考の造化をおこなわせるように「はたらき」かけやすく、地獄者へ直接に干渉する隙[す]きを与えるようになります。

(1000/1000) 他者を利用した干渉の手口
(1000/1000) 他者を利用した干渉の手口

 憑依は、それぞれの地獄者/地縛者の有する性質/傾向などと、人の有する性質/傾向などが類似する親和性の高い者の間でのみおこなうことができ、何らかの親和性を有していない者へは憑依できません。例として、怒りの感情を抱えている者には怒りに囚われ続けている地獄者が憑依し、飲酒に溺れる者には酒への依存から抜け出せない地獄者が憑依します。また、感情、欲望、などの内容に共通点はなくても、固定観念/既成概念の内容、不誠実な習慣の内容、などが似通っている者に憑依する場合もあります。そのため、不誠実な性質をもつ表現/行為を日常的に造化している不誠実な生き方をしている者は、程度の違いはあっても、地獄者に憑依されています。程度の違いとは、地獄者が憑依して思うがままに操ることのできる程度を指しています。その中でも、強く憑依された典型的な例には、多重人格、自覚できるものの自覚のない衝動的な殺人/強盗、などがみられます。

 一方で、地獄者の有する性質/傾向などが、誠実な性質を有していることはないために、日常的に誠実な性質をもつ表現を造化している誠実な生き方をしている者へ地獄者が憑依する状況は少ないです。ただし、一時的にでも怒り、悲しみ、などの感情を抱くと、その隙[す]きに憑依されることもあり、憑依されると、感情を増強して制御できなくなり、感情のままに刹那的で不誠実な行動をおこなってしまう場合もみられます。地獄者/地縛者は地上の物的な物事へ囚われているために、地上で物的な生活をしている人へ憑依して、自身の物的な利己性/自己中心性/欲望を満たす機会を常に窺[うかが]っているのです。

 地獄者による憑依と、地上社会で起きる様々な出来事との関連については、Carl Wicklund医師が著書の中で詳細に記述されており、地上での生活を考察するうえで役立ちます。著書については、6章1節 推薦書物 #無形界から伝えられた知識を補足する書物を参照してください。

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 忌避、敵対、嫌悪、拒絶、などの行動は、恐れ/怯えに基づいており、更なる恐れ/怯えに基づく行動を呼び込むようになります。地上を徘徊して人や社会へ危害を加えている地獄者/地縛者たち、そして、地上で不誠実な生き方をしている人たちも、分霊であり、大霊より分割された同胞/同朋であることに変わりはありません。同胞/同朋を忌避/敵対する必要はないのです。

 恐れ/怯えに基づく不誠実な生き方をしている者(人/地獄者)たちは、自身が相手へ忌避/敵対の行為をおこなうために、自身が相手から忌避/敵対される状況へも敏感に反応します。相手から忌避/敵対の行動をとられていなくても、自身が忌避/敵対されていると思い込んでいる場合も多くみられます。そして、自身を忌避/敵対する者へ報復/復讐しようとするために、更に忌避/敵対されるようになるのです。彼らに対してできる行動は、忌避/敵対するのではなく、寛容/憐れみを有して対応し、愛の行為をおこない、成長を促すように、はたらきかけることです。自己の肉眼に視える相手へ対しても、視えない相手へ対してでも、愛の行為はおこなえるのです。寛容/憐れみについては4章2節 有形界での成長、愛の行為については5章6節 愛の行為を参照してください

 現在の成長の程度や、生き方では、他者の成長を阻碍し、生活を脅[おびや]かし、社会に争い、不和、強欲、利己主義、などの不誠実性を蔓延させているとしても、いずれは必ず成長していきます。成長することだけが、現在の自身の状況から抜け出す唯一の道だからです。ただし、自己が、地獄者/地縛者たちを憑依させるような不誠実な生き方をしていては、自己の成長を退行させているだけでなく、自己に憑依している地獄者/地縛者たちの成長も退行させている状況へ気づく必要があります。自己が誠実な生き方を実践し、成長の模範を示すのは、肉眼に視える人へ対してだけでなく、肉眼に視えない地獄者/地縛者へ対してでもあるのです。

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 地獄者/地縛者が憑依する程度は、地獄者/地縛者の有する利己性/自己中心性/欲望の方向性/強さ、囚われの内容/程度、などと、憑依される人の有する利己性/自己中心性/欲望の方向性/強さ、囚われの内容/程度、などとの親和性によって様々であり、人の行為へ与える影響を一概にまとめることはできませんが、下記では憑依の程度を大雑把に3段階で区分して記述しています。

 憑依の程度が比較的に強い場合には、憑依している地獄者/地縛者と憑依されている人は一心同体のつながりとも表現でき、憑依している人と常に行動を共にし、地獄者/地縛者の思うがままに操ることができます。この程度で憑依している地獄者/地縛者は、地上で生活する人の霊眼を通して視ることができ、憑依している人数を見分けることもできますが、憑依している地獄者/地縛者の視え方は、視る人の成長の程度、有形体の体質、個性の方向性、地上での目的/役割、などによって様々です。

 憑依の程度が比較的に弱い場合には、憑依している人と頻繁に行動を共にし、憑依している人が日常的におこなう行為へ影響を与えられるものの、常に思うがままに操ることはできません。人の有する経験の機能特性へ保存されている「不誠実な性質の表現を造化する習慣」を喚起して、不誠実な表現を造化させ、利己的/自己中心的な行為をおこなうように唆[そそのか]します。そして、感情、不誠実な思考、などを精神で造化させるのに成功すれば、憑依の程度を強めやすくなり、思うがままに操れるようになります。この程度で憑依している地獄者/地縛者は、地上で生活する人の霊眼を通して視えませんが、気配を感じ取ることはできます。大勢が集まる状況で感じ取るワイワイ/ガヤガヤと表現されるような気配などがみられます。

 日常的に憑依していない程度の場合には、人の精神の状況によって引き寄せられ、人のおこなう行為へ影響を与えるようになります。人が精神で感情、不誠実な思考、特定の強い囚われや思い込みに基づく表現、などを造化し、利己的/自己中心的な行為や欲望/快楽/快感の追求をおこなうようになると、暗闇/騒擾[そうじょう]で表される「活動性の性質の表現」が精神で造化され外環境へ表現されます。人の漂わせる暗闇/騒擾に引き寄せられて、地獄者/地縛者たちが人へ群れ集まり、徐々に憑依を強めていきます。この程度での地獄者/地縛者は、地上で生活する人の霊眼を通して視えず、気配を感じ取ることもできません。

(1000/1000) 憑依の程度
(1000/1000) 憑依の程度

 不誠実な生き方をしている人を例とした場合では、不誠実な生き方をしている人1人に対して、数人から数十人の強い憑依の程度にある地獄者/地縛者たち、大勢の弱い憑依の程度にある地獄者/地縛者たち、周囲に群れ集まっている無数の地獄者/地縛者たち、が同時にみられます。強い/弱い憑依の程度にある地獄者/地縛者たちを合計すると、数百人から数千人以上の憑依している状況が、日常の中で頻繁にみられます。中には、数万人の地獄者/地縛者に憑依されている人もみられます。

 なお、地上で生活する人には、憑依の程度によって地獄者/地縛者たちの視える程度は異なりますが、一方で、地上に滞在する天使たちには、地獄者/地縛者たちの憑依の程度に関わらず、自身の有する認識の程度に相応する範囲の「憑依している全員」が視えています。ただし、地獄者/地縛者は、自身が視たい物事のみを捉え、あるがままに眼前の状況を捉えていないために、憑依している全員が視えていません。

 地上で生活する人の「利己性/自己中心性/欲望を満たそう」とする目的に基づいておこなう行為(精神で造化する表現を含む)が地獄者/地縛者を引き寄せ集めますが、それらの行為の中でも、自己に都合の良くない相手/企業/民族/人種/他国が、事故、災害、ミス/間違い、不幸、不遇、衰退、などへ遭遇/移行するように望む方向性の意志を自覚して、あるいは、自覚できるものの自覚なく有することで、大勢の地獄者/地縛者を引き寄せ集めています。引き寄せ集められた地獄者/地縛者たちは、地上で生活する人へ、自己に都合の良くない対象を貶[おとし]めるように唆[そそのか]し、具体的な行動として実行させようとします。その行動として、陰口、中傷、嫌がらせ、差別、迫害/排斥、詐欺、窃盗/強奪、偽情報の拡散、世論の操作/誘導、などだけでなく、無差別殺人、暴動/放火、大量虐殺、他国/他地域への武力侵攻/暴虐、などの物的な規模が大きく凄惨な内容もおこなうようになります。

 この質疑応答に関連する内容には、3章9節 精神 #質疑応答の「不誠実の性質を有する表現の特性で最初にみられる「自己への無関心/無頓着」とは何を表しているのですか?」がありますので参考にしてください。

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 憑依している地獄者/地縛者の人数は、憑依されている人との親和性によって決まり、人が地上でおこなっている不誠実な生き方の程度と直接には関係がありません。思考/感情/発言/行動などに現れる不誠実な生き方の内容/方向性(表現/行為にみられる特性)に引き寄せられています。例として、不誠実な表現へ付与された活動性の程度が30以上50未満にみられる罪悪感/自己非難の特性は、特性の段階からみると下位に位置づけられますが、罪悪感/自己非難の特性がみられる思考/感情/発言/行動などを常におこなっているのならば、同じ罪悪感/自己非難の方向性を有している大勢の地獄者/地縛者たちを引き寄せやすくなります。表現へ付与された活動性の程度にみられる特性については、3章9節 精神 #表現の活動性を参照してください。

 ただし、同じ内容の思考/感情/発言/行動などを継続しておこなっていても、それらの表現/行為から何時[いつ]までも同じ特性がみられるとは限りません。経験の機能特性へ保存されている習慣は表現の造化へ用いられるほどに強くなり、強い習慣ほどに表現へ高い不誠実な性質を有する活動性の程度を付与するために、同じ内容の思考/感情/発言/行動などであっても継続しておこなっていれば徐々に上位の特性がみられるようになります。そのため、思考/感情/発言/行動などに下位の特性がみられ、下位の特性へ引き寄せられ憑依していた地獄者/地縛者は、同じ内容の思考/感情/発言/行動などに上位の特性がみられるようになると親和性が低くなり離れていきます。替わりに、上位の特性へ高い親和性をもつ地獄者/地縛者を引き寄せ憑依させるようになります。

 また、思考/感情/発言/行動などに下位の特性がみられる段階で引き寄せられ憑依した地獄者/地縛者も、憑依して思うがままに操り利己的/自己中心的な生き方をおこなう過程で、自身の経験へ保存されている不誠実な表現を造化する習慣を強めていきます。憑依されている人と憑依している地獄者/地縛者の有する習慣の強さが同等に強まっていく場合には、人のおこなう思考/感情/発言/行動などに上位の特性がみられるようになっても高い親和性を維持しているために、憑依したままとなります。

 人も、地獄者/地縛者も、不誠実な生き方をしながら経験へ保存されている不誠実な表現を造化する習慣が弱くなっていく状況はみられないために、不誠実な生き方を続けているほどに習慣は強くなり、表現/行為へみられる特性も上位へと移行し、不誠実な生き方の程度が高くなっていきます。結果として、高い程度の不誠実な生き方をする地獄者/地縛者は増加しやすくなるために、高い程度の不誠実な生き方をする人へ、比較的に多く憑依する傾向がみられるようになります。これは、憑依している地獄者/地縛者の人数は、直接的には人の生き方との親和性によって決まるものの、人の不誠実な生き方の程度と間接的な関係がみられることを表しています。

 参考までに、2024年4月末時点での地上全体では、最も多くの地獄者/地縛者たちに憑依されている者には9500-9600人の地獄者/地縛者が憑依していますが、この者が必ずしも不誠実な程度の最も高い生き方をしているとは限りません。また、地上全体では、不誠実な生き方をしている者の1人あたりに憑依している地獄者/地縛者の平均は400-500人です。

 なお、ある者は〇〇人に憑依されている、別の者は△△人に憑依されている、などの憑依して操っている地獄者/地縛者の人数が多い/少ないで生き方の価値を比較/考察することに意義はありません。憑依している地獄者/地縛者の人数で考察する以前に、1人にでも憑依されている生き方に価値はみられないためです。

 この質疑応答に関連する内容には、2章3節 有形界の構造 #質疑応答の「日本は、どれくらいの成長の程度にあるのですか?」、また、サイト管理者 #質疑応答の「著者はどのような場所に住んでいるのですか?人里を離れた場所で隠棲しているのですか?」がありますので参考にしてください。

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 地上で「神仏」と呼ばれているものは、個体としての意志を有する肉眼に視えない者たちを指しており、その者たちの生き方の誠実/不誠実とは関係がない点に留意してください。個体としての意志を有する肉眼に視えない者は、多くの場合では、複数の人霊や特定の人霊を指しており、加えて、個体としての意志を有していない動物霊が含まれている場合もあります。また、地上で神仏として祀[まつ]られている人霊たちの中には、誠実な生き方をしている霊もいれば、不誠実な生き方をしている霊もいます。

 誠実な生き方へ努めている人霊は、地上で生活する人が不誠実な行為をおこなったからといって懲[こ]らしめようとはしません。同様に、誠実な生き方へ努めている人霊は、地上で生活する人が自身に都合の良くない行為をおこなったからといって懲らしめようともしません。誠実な生き方へ努めている人霊たちは、地上で生活する人のおこなった行為へ寛容をもち、彼らの成長を願っているのであり、成長へ役立てる愛の行為、あるいは、成長を阻碍しない愛の行為によって応対します。決して、反撃、報復、復讐[ふくしゅう]、仕返し、懲罰、などをおこなう状況はありません。愛の行為については、5章6節 愛の行為を参照してください。

 地上で生活する人が自身に都合の良くない出来事を「祟[たた]り」と呼んで肉眼に視えない物事へ都合良く責任逃避している状況を除外した場合では、祟り、罰が当たる、などは、不誠実な生き方をしている地獄者/地縛者に起因しています。特定の人物や不特定多数の人々へ復讐する、神仏の祟りがあるという固定観念/既成概念に囚われ恐れ/怯えている人を愚弄[ぐろう]する、などで自身の虚栄心を満たそうとしているのです。なお、動物霊は個体としての意識/意志を有していないために、動物霊が人へ憑依をおこなう状況や、動物霊が人へ祟[たた]る状況はみられません。獣憑き、狐憑き、蛇憑き、臨床人狼病、などと呼ばれている状況は、地獄者/地縛者が故意に動物を真似て憑依している、あるいは、地獄者/地縛者が獣と判別できないほどに人霊としての自身を見失い狂乱/錯乱/妄執して憑依しているのです。動物霊が個体としての意識/意志を有していないことについては、4章1節 分霊の成長を参照してください。

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